世界切手国めぐり

ギニア共和国

ギニアを名乗る西アフリカの最初の国 ギニア共和国
●…ギニアの“老舗”

 ギニア湾の入口にあるギニア共和国は、1958年にフランス領のブラック・アフリカから独立した最初の国です。ギニア湾岸はアフリカでもとくに豊かなところとして知られており、フランスばかりでなく、他のヨーロッパ列強も早くからその領有を争ってきました。

 第二次世界大戦後、この地域の植民地も次々と独立しますが、旧ポルトガル領やスペイン領も、独立後の国名にギニアを残しています。

 この《フランス領ギニア》のあたりは、アフリカでも最も降水量の多いところ。このことも伝統的な生活様式を豊かにしてきた一因でした。ギニア山地に降った雨はやがてニジェール川となって、かつてのフランスの植民地、マリやニジェールの乾燥地帯を、ちょうどエジプトのナイル川のように潤していきます。

●…反植民地主義のチャンピオン

 列強の植民地となってきた諸地域では、とくに第二次世界大戦後、民族運動が高まり、やがて独立を目指すようになります。フランスでは、1958年にその対策の一つとして、英連邦に似た《フランス共同体》を創設し、それまでの植民地を再編成しようと考えました。アフリカの大部分の植民地は、この《フランス共同体》への参加を受け入れますが、《フランス領ギニア》は参加を拒み、あえて完全独立への道を選びます。その頃、この国には反植民地主義のチャンピオンともいうべきセク・トーレが政治的な力を持っていたためでした。彼はこの国の初代大統領となり、切手にも登場します。

 ギニアの独立は、フランス本国政府も予期していなかったことで、やむなく独立を認めながらも、援助一切を打ち切り、そのうえ本国政府の持っていた資産をすべて撤収してしまいました。まるで“国交断絶”を思わせるものだったようです。

●…切手の変遷

 《フランス領ギニア》の一番切手は1892年。航海と商業をシンボライズした植民地共通の図案に、地域名を加えたものでした。
 その後、《フランス領西アフリカ植民地》の共通図案に地域名の入ったものが現れますが、生活様式や風景を描いた独自の図案が登場したのは1938年。ギニアの村の情景を描いた切手は、構図的にもなかなか印象的なものです。
 その後、1945年からは《フランス領西アフリカ植民地》の共通切手が使用され、やがて独立を迎えることになります。

 独立後しばらくは各地の風景や民俗楽器、動植物の紹介など、健全な発行政策が続きましたが、70年代以後はテーマがにわかに拡散し、レーニンや毛沢東、ダイアナ妃もゴルバチョフもと、世界中の著名人が続々と登場することになります。

 それにしても、初代大統領となり、その後1984年に死去するまで独裁を続けたセク・トーレが、建国当初に登場して以後、切手にほとんど登場していないのは、いささか不思議な感じもします。


ドゴールとフランス共同体

 第二次世界大戦後、急速に高まる植民地の民族独立運動に対応し、それらの植民地を本国につなぎとめるために、列強はさまざまな政治的レトリックを考える。

 インドを英連邦にとどめさせるために、《英連邦》から《British》をはずしたのは有名な話。ソ連が《共和国》を、また、中国が《民族自治区》を異民族の居住地に設置したのも同様な配慮からであった。

 フランスの典型的な植民地アルジェリアの確保に苦労していたフランスに、この地の入植者の期待を担って再度政界に登場したのが、ドゴール大統領である。入植者たちは、彼こそアルジェリアの独立をはばみ、自分たちが植民地に築いた財産や権益を護ってくれるものと信じていた。

 ドゴールは一九五八年、新たにフランス第五共和国憲法を起草し、大統領権限を強化すると共に、植民地の再編を目指す。《フランス共同体》の創設である。参加国は内政自治権は得られるが、外交や軍事、経済、司法などの諸権利はフランス本国が留保するものであった。

 これへの参加か不参加かは、住民投票で決めることになる。不参加は独立を意味するが、経済援助は打ち切られる。結果は、ギニアのみが不参加であった。

 しかし、参加した国々も、急速に独立への道を歩み始める。ドゴールは、翌一九五九年には早くも方針を改め、独立しても経済援助を継続するとした。参加国は競って独立を目指すこととなり、《フランス共同体》は、わずか二年足らずで有名無実なものとなってしまった。

 この間、59年には、参加国はほとんど一斉に独自の切手を発行する。いずれもフランス製の凹版印刷で、トーゴが当初《自治共和国》であったほかは、いずれも《〜共和国》の標示が見られた。

 なお、アルジェリアは、本国の一部とされ、共同体の外にあったが、結局一九六二年に念願の独立を達成する。ドゴールは入植者の期待を裏切ることとなったが、その判断は、時代の動きにかなったものだったと言えよう。


ギニア共和国 地図  ギニア共和国 Republic of Guinea
 面積:24万5,857平方Km

 人口:724万7,000人(’99年)
 首都:コナクリ(110万人)
 住民:マリンケ族(30%)、ペウル族(30%)、スースー族(15%)、ブシュロン族(15%)など。
 言語:公用語はフランス語。ほかにマリンケ語、スースー語など。
 宗教:イスラム教が75%、キリスト教4%、その他、伝統宗教。
 資源:ボーキサイト、ダイヤモンド。
 通貨:ギニア・フラン

国旗
 国  旗
フランス一番切手(ゴールド)
フランス一番切手(ゴールド)
フランスの一番切手(1849年発行「セレス」)に金色の箔押しとエンボス加工。

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